最後の時に側に居たかった。
気持ちの整理がついて来たので、自分のために記事にしたいと思います。
実は更新を休んでいたのは、私の祖母が危篤で入院していたからです。




祖母は高齢なので良く入院します。
風邪を引いたり、熱を出したり、食欲がないだけでも死に至る事が多々あるのです。
年が明け、熱があった祖母を病院へ連れて行きました。
最近は、以前より食欲もあり、水分を多く取るようになった祖母に安心していた私も母も、熱が下がればすぐに退院出来ると簡単に考えていたので本当に思いもしなかったんです。まさかそんな事を言われるなんて・・・・
「もう持ちません、後数日でしょう。」

見せられたレントゲンの肺は真っ白で上の1cmくらいしか通常に機能しておらず、知らない間に肺炎にかかっていたのです。胸水もたまり、担当医師からは「肺の炎症により息が出来なくなり、胸水により胸が圧迫されて行きます。」

この言葉に何が言えるでしょう。
私は考えもしなかった言葉に、ただ・・・ただ・・・絶句するだけでした。

寝たきりになってしまった祖母は「いつかは・・・」そう、「いつかは・・・」とは思ってましたが、だれもが「いつか」が「今」になるとは考えないものです。そして私の「いつか」が「今」になった瞬間でした。

私が幼い頃から一緒に生活してきた祖母。
結婚してからも、祖母の介護の手伝いの為に実家の近くに家を借りて住み、毎日祖母に曾孫を見せに通った日々、私の生活にはいつでも祖母がいました。

日に日に弱っていく姿、酸素マスクは常にMAXの状態で離せなくなり、その時の為に夜も病院に泊り込む毎日・・・・

肺炎と言ってもそれは結果であってやはり老衰で、血管から水分を吸収出来なく、肝臓は機能しなくなり、排尿も出来なく、体全体に水分が溜まっていきました。
苦しそうな姿の祖母に何も出来ない、また治してあげることも出来ないもどかしさをどう表現したらいいのか分かりません。

「最後に呼吸が出来なくて苦しくなったら、鎮痛剤を使おうと思います。」

最後と言うのは呼吸が出来なくなると言うことです・・・・
でも私には分かりません・・・・
鎮痛剤を使って眠ると苦しくないのでしょうか?
寝ていれば苦しまずに最後を迎えることが出来るのでしょうか?

私は神様に祈るしかありませんでした。
「最後は安らかにお導き下さい、お願いします。」と


そして、また現実を受け入れきれていない私にとって一番やり切れなかった事はお葬式の準備です。まだ祖母は生きていて、手も暖かいのに家に帰ればお葬式の準備を始めているんです。

「おばあちゃんが、私達がお葬式の用意をしていると知ったらどう思うんだろう。」

涙が止まらなくなり、自分の感情をコントロールする事が出来ないほど苦しい毎日でした。

実家の祖母のベットはレンタルで、返却しました、いつもはそこにあって、優しい祖母が笑顔を見せていたベットが無くなり、祖母の私物を母と私で整理を・・・・
全てが少しづつ、現実を肯定してしまう現実。

「これはもう使わないわね。」
母のそんな悲しい言葉に、分かっていながら私は「もしかしたら帰ってくるかもしれないから取っておこうよ。」、母の「それはもう無いのよ。」と言う儚げに投げかけられた言葉に何も言えなくなり、沈黙するしかありませんでした。

ここ3年で、叔父、同居していた祖父も無くなり、実家にお骨を迎えるのは
3つ目になります。
その他に、旦那の祖母も亡くなり、考えてみると結婚して5年、葬式は6回も
出ています。まだ4歳の息子が5回もお葬式に出席しているんです。


ある日、息子と娘が疲れて寝てしまったので、旦那に子供を預け一人で病院へ向かいました。家に帰ると、息子が「ゆーき、おばあちゃんに会いたい!」と大きくダダをこね始めたんです。いつもはそんなに言わない息子、私が「明日一緒に行こうね。」と言っても全く納得してくれず、がんばる息子に根負けし病院に連れて行きました。
実はこの時不吉な予感がしたんです。
子供は不思議な力があると思います、敏感に何かを感じ取るんだと。

祖母は息子に会った数時間後の朝方亡くなりました。

悲しくて悲しくて・・・・
家族が亡くなる事はなんて辛くて苦しい事なんでしょうか。
遺体にしがみ付き泣いても泣いても、涙が枯れる事はありませんでした。

お通夜があり、火葬するまで、息子は変わった様子も無く笑ってました。
棺にお花を入れて「おばあちゃん、お花キレイね。」と

ところが、お骨になった次の日
姿が見えなくなった祖母に息子は不安になったのか押し黙ってしまいました。

「ママ、おばあちゃんは何処に居るの?」
その言葉に、私は「おばあちゃんはお空に高い所に行ったのよ。」と答えました。

そして息子は1時間半もジッと夜空を見上げ続け、一言
「ゆーき、おばあちゃんに会いたいの。」と

感情の波に押し流れそうになる自分を必死で支え、息子に
「おばあちゃんは見えない高い高い所に行っちゃったけど、ちゃんとゆーきの心の中に居て
いつも見守ってくれてるからね。」

「飛行機で行けるの?ゆーき飛行機で会いに行くよ。」
「飛行機じゃいけないのよ。」
「ロケットだったらずっと上まで行ける?ゆーきロケットで上まで行くよ。」
「・・・・・・・」

子供とはなんて純粋なんでしょうか。
やっと「もう会えない」という事だけは理解出来た時にはいくらなだめても泣き止まず2時間泣きつづけた息子でした。

ヒロ、いつも祖母の介護をする私をそっと優しく手伝ってくれてありがとう。
お母さん、毎日24時間の介護を笑顔で、お疲れ様でした。

そしておばあちゃん、本当に大好きだったよ。
これからもおばあちゃんが見守ってくれていると思って頑張るね。
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by niconf90 | 2005-02-17 01:54 | 雑記帳-ヒトリゴト-
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