なんで結婚したのか
どうして結婚できるんだろうと言うのが、二十歳を過ぎてからの私の思いでした。付き合う男が年上が多いせいなのかプロポーズされる機会もあり、その度に考えてしまっていました。。好きで付き合っていたはずなのにいざ結婚という二文字が目の前に出てくるとどうしても逃げ出したくなってしまうのです!楽しいうれしいの目先の付き合いから、その言葉で一変、自分の将来を巻き込む大問題に発展(もちろん、先をちゃんと考えて、そして見据えて付き合っている方も多々居ると思うのですが、私の場合、まだ憧れは在ってもそれがちゃんと地面に着いていなくフワフワ浮かんでいる状態で中途半端だったのかもしれません)もちろんそうなってしまうと付き合いが長く続くはずも無く終わりを迎えてしまいます。

昔から結婚はギャンブルに似ているなぁ~なんて呑気な事を考えていた私ですが、その頃の私の状態はそれ以前の問題でした。結婚=自分という図式が現実的に思えなく、またどうしてそうなのか自分でも理由など整理がつかないまま漠然と「このままではきっと私は結婚出来ないだろう」という風に思っていました。(笑)



余談ですが、真剣にそう思っていた私は「でも老後一人は寂しい」と自分勝手ですが弟に「老後は居候で宜しく!」(かなり迷惑)と言っていました(笑)



友人や職場の人に聞いてみました。男の既婚者の多くは「付き合っているうちに自然にこいつとやって行こうと思った」などから、年齢や責任的な発言を聞きましたが、私が女のせいなのかイマイチ良くわからなく、女の既婚者からは「勢いが必要!」が多い意見でした(でもコレが一番なるほどとも思った)独身の友人には妥協も必要なのではと言われたのですが、この妥協という言葉が頭の中をグルグル回ってしまい、丁度その頃、以前付き合っていた(??)友人から結婚しないかという話をされ、もう頭の中は「妥協?」「妥協しかないの?」という感じで、きっと彼と結婚してもうまくやっていけるけど私が求めている結婚じゃない。。結婚って!結婚って!と訳分らなくなっていました。



今思えば、なぜそんなに結論を早く求めていたのか、もしくはあせっていたのか不思議に思いますが。



それから少しして、何かしたい!という訳の分らない衝動に駆られるようになり、もちろん職場には満足していたし、友人と遊びに行くのも楽しく充実した生活を送っていた訳ですが、これは元来の私の性格のせいなのか、思い立ったら行動してみよう!ということで考えた挙句アメリカに決定(なぜアメリカだったのかと聞かれると未だによく分らない)丁度友人がカルフォルニアに留学していたのでそこに2,3日泊めてもらいレンタカーでもして色々回ってみようかな~なんてお気落な考え、観光ビザでmax3ヶ月という事だったので「滞在も3ヶ月に決定!」と適当(笑)

もちろん会社は辞める覚悟の決断でしたが(3ヶ月も休ませてくれる会社なんて聞いた事が無いです(笑))周りのススメや私もこの会社が気に入っていたということもあり結局3週間の休暇を貰う形になりました。帰ってきてまた行きたいなど思ったらその時にまた考えれば良いからとりあえず行って見よう!と、、



この何気ない決断が後々考えると私の人生を大きく変えるポイントになるなんて全く思いもしませんでした。



LAXの空港に着き大きく深呼吸してみると、ただそれだけの事なのにまるでつき物が落ちたように晴れ晴れとした気持ちになりました。到着したばかりだというのに「来て良かった!」と(二回目の渡米だった私ですが始めていった時とはまるで違う感覚でした)

宿も決めず、レンタカーを借りていたわけでもなく、どう3週間を過ごすかさえ決めていなかった私を、半ば呆れ顔で友人は迎えてくれました(笑)色々と書きたいのですがアメリカの旅行云々は又の機会に書く事にしたいと思います。



アメリカに着いて2日目友人の日本人の友達の誕生日会があるから一緒に行って見ない?と言う誘いに乗って参加してみる事にしましたが、とてもつまらないと言うか、もの悲しい気持ちになってしまいました。ホームパーティーという事でしたが一歩部屋に入ってみると、そこには日本人4人!(ジャパニーズアメリカンが居たわけではなく、正真正銘日本人オンリーでした)しかもついているTVからは「サラリーマン金太郎」のビデオが日本語で流れているではないですか!別に否定するつもりではないのですが、日本人同士の仲間で過ごすのも本人にとって有意義であればOKだと思うし、ドラマだって日本のは面白いし。ただその場の雰囲気がなんと言うか中学生的な集まりみたいな、ただたむろしてる感がいなめなく私にはなじむ事が出来ませんでした。

もうこの人達に合うことは無いだろうというのが正直な私の感想だったのですが、縁とは不思議な物です。その中の1人が今の旦那様のヒロです(^^;



本当に不思議な物でいつのまにか晩酌をする仲になっていました(もちろん友人として)特別な感情を抱く訳でもなく仲の良い飲み友達でしたが、ある時ふと居心地の良さに気づきました、なんと言うかイメージ的に言うと、自分の隣に場所を空けてココだよココに居ればいいよ、みたいな私の居場所を常に作っておいてくれているようなそんな感覚でした。

彼が日に日に私に対して好意を寄せてくれるのが分りましたが、実は私にはその時日本に彼氏が居て、帰りを待っていてくれたので複雑な心境のまま、ただ彼の奥に在る純粋さにひかれ始めていた気がします。また素で居られる自分やそんな私でも受け入れてもらえる事に喜びを感じていたような気がします。今まで付き合ってきた人の前では、どこかカッコつけている自分が居て又、どこか線を引いていたのかもしれません。

帰る日が来て、彼はまるで捨てられた子犬のようで、後ろ髪を引かれましたが、一度帰ると決めてたので、どんな理由でもとりあえず帰るという姿勢を私は崩しませんでした。彼とは中途半端な関係のまま帰国なのですが、実際私には待っている彼氏もいましたし、正直彼に対する気持ちもはっきりせず、まずは自分の気持ちをちゃんと考えてみようと思ったのです、、、、

が、考える必要はありませんでした。なぜなら日本に着いたとたん引き換えしてアメリカに戻りたくなったのです(笑)

自分の事なのに自分の気持ちに気づくのはナカナカ難しいものですね。頭の中で考えている事よりも体の方が欲求に自然と反応するなんて。



ともかくそれから日本とアメリカという超遠距離恋愛がスタート。

日本とアメリカを往復する日々が始まりました、そうこうしている間に自然と心の中に彼との人生を考える自分が居ました。とてもそれはナチュラルに自分の中に芽生えたような気がします。思うに「結婚とは?」なんて元から悩む必要が無かったのです、そういう相手に出会えれば自然と湧き上がってくる思いだったんだと、多分他の人に比べてかなりの遠回りでしたが答えを何とか私なりにつかむ事が出来ました。



そもそも適齢期なんていう言葉があるから余計に悩んでしまうんでは無いでしょうか、人によっては10代でパートナーだと思える人に出会える人もいると思うし、40代になってから、やっとめぐり会える人だっていると思います。

よく言われる日本人は世間体を気にするという事が結局、私にも当てはまっていた気がします。自分の見栄やプライドを少なからず相手に求めていた所が有り、自分の心や相手の姿を曇らせていたんではと思います。そういう意味で彼との出会いが私にとって非日常(生活圏でない所)だったというのが良かったと思います。これが日本での出会いだったら同じ結果だったかは正直わかりません。


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# by NICONF90 | 2004-07-28 12:34 | 雑記帳-ヒトリゴト-
心の傷トラウマ

始めに、これはトラウマと云う一点だけに焦点をあてて書いたものであって私の両親やヒロの両親を批判する為に書いたものではない事をご了承ください。



誰の心にも少なからずトラウマというものがあると思います。人生の中で心の傷として残るものは色々あると思いますが、心の奥底に自分でも分かっていながら消すことも出来ず変えることも出来ないトラウマの多くは幼少時代に家庭の中で埋め込まれたものが多いと思います。今回はそれについて書いてみたいと思います。

個人の人格形成は、家庭内はもちろん人との出会いや別れ、友だちの影響など自分の人生経験の中で培われ形成されていくんだと思いますが、事、根深いトラウマと言う一点を考えた時は、子供時代の家庭生活の影響が殆どだと思います。



例えば私の場合、子供の頃、子供の殆どは大人の会話や年上のお姉ちゃんお兄ちゃんの会話にとかく入りたいものだと思いますがその例にはずれず、良く会話に入ろうとしたものです、要は相手にしてもらえるのが嬉しかったんだと思います。話したことに対して返答がある、そういう事が自分をなんだか大人の一員になったような気持ちにさせるんですね。ところが当時、母に良く「大人の会話に入るんじゃありません」と言われてました。うっかり楽しくなって話してしまうと「ちょっと調子に乗ってるわよ」と怖い顔で怒られ、でも子供ですから、どの辺りが悪かったのかまでは分かりません。ただその時は「色々話してはいけない」という事だけが子供の心に残る訳です。そしてそれが繰り返されるうちに話すこと自体に恐怖を覚えるようになりました。何か話そうとした瞬間、母の「調子に乗るんじゃないわよ」と言う言葉が頭の中で繰り返され、また、うっかり話をしている時も母の顔色を見るようになりました。



大人になり、社会人という仮面をつけた私に対して、そう思う人は少なかったと思いますが、素の自分は今でもその頃のオロオロしている子供のままなのです、何の話しをしていいのか考えている内に何も言えなくなってしまい、言葉を発する事に恐怖を感じ、喉まで出かかった言葉を飲み込み、周りの顔色を伺っているんです。

それが色濃く出るのが母の知人、友人、親戚と接したときです。なるべく母の後ろに座り、話に入らないように粗相が無いように、と知らず知らずの内になるべく会話を振られませんようにって思っているんです。「いつでも連絡して来てね」出来るわけありません。だって何を話していいのか分かりません。「気軽に遊びに来てね」いけるわけありません。だって話をする事を考えたら、行かないほうが気楽です。母の顔越しに話されるのは何より自分を殻に閉じ込めてしまいます。

ある程度の年になり出会う人から○○さん家のニコちゃんって言われなくなって、少し肩の荷が降りたような気がします。第三者的に見れば、ココに書いた私の例はたいした事ない事だと思いますが、私にとっては自分の力で変えることの出来ない根深いトラウマなのです。



私のパートナーのヒロの場合について書いてみます。彼の幼少時代からのトラウマの影響は人に意見を言えないことだといいます。子供はある程度の年齢になるまで親に対して自分の意見がうまく表現出来なかったり、又言わない事が多いと思います。それに対し親がどう思うかは別として、対応がいかに子供に影響を与えるか。

子供は幼いながらも自分で考え解決しようと行動をしています。例えば今2歳の私の息子は、「喉が渇いた→冷蔵庫でお茶を出す→それだけじゃ飲めない→コップを出す→ママに渡す」や「おもちゃを持って出かけたい→袋などの入れ物を探す→おもちゃを詰める→玄関に持っていく」 などという事を教えていなくても、いつの間にか自分で考え行動するようになりました。これからも分かるように親は考えた最善の方法を提示するだけでなく、相談や問いかけをしてあげる事が自主性を伸ばすとても大切なプロセスだと思います。

彼の場合はこの、親の考えた最善の方法提示で終わっていた事がトラウマの原因のようです。どういう事かと言うと、例えば出かけるときに、子供の気に入っているおもちゃを鞄に入れ、「もうおもちゃ持ったからね。ほら行くわよ」という感じです。親は「おもちゃを持っていく→子供が気に入ってるものがいいだろう→これだ」と自己完結してるわけです。

分かりにくいですか?例えば食事の時飲み物を出そうとして「りんごジュースでいいわね」とりんごジュースを注いでしまう。のと「飲み物はりんごジュースとお茶とヤクルトがあるけど、どれにする?」と聞いてあげるのでは全く違います。いつもはりんごジュースだけど、今日はお茶がいいかな、でもヤクルトもいいかもと子供は自分なりに考えるんです、結果りんごジュースだとしても、その聞く→答える事が子供に取って自分の意見を言う、又自主性や個性を育てる大事なポイントだと思います。



彼は常に結果を親から提示されてきたと私に言います。つまり相談や問いかけではなく結果の提示なのです、幼少の頃から彼にとって最善だと思われる事を親が考え提示してきた結果、彼は自分の意見を言えない、又は言う必要が無かった訳です。



最近、私はなるほどと思った出来事がありました。それは家の車が壊れて彼の母に相談した時の事です。家の家計事情は正直厳しく、車が壊れてしまい、でも子供が居る事を考えると車は移動手段としてどうしても欲しいけれど、購入資金が無い。という事で悩んだ挙句、彼の両親に相談する事にしました。彼の実家には夫婦2人で車が3台有り、1台は新しく買い換えようか考えていると聞いていましたので、出来たら使わない車1台を安く譲って欲しいということを伝えました。数日後彼の両親からの答えは「考えた結果、二人には維持費がかかり過ぎて維持するのが難しいと思い譲るのはやめました」という答えでした。別に彼も私も期待していた訳ではないのですが、私は出来たらこういう時は「○○の車はハイオク車で燃料費はかかるし、燃費は○○位で走りが悪いよ、で○○の車はもう生産されてない車で修理するとすると○○位かかるし・・・・・・で、私たちは、あなた達には維持費がかかって大変だと思うからお勧めできないけど、どうする?」なんじゃないかなぁ~なんて。あぁ!これがヒロが言っていた事か!となるほどとも思いました。つまり、相談ではなく結果の提示だけだったんです。



先にも言いましたが、彼は人に対して自分の意見をあまり言いません(以前は全く言いませんでした)相手が納得のいかない言動や行動をした場合、「なんで○○なんだよ。俺は○○だと思うけど、どうしてそうなの?」など、普通話の駆け引きというかキャッチボールがありますが、彼の場合は、心の中で「あっそう思うんだ、じゃ俺は知らない」と云うように何も言わずに相手を切り捨ててしまうんです、相手からの問い掛けや相談などのアクションにとても弱いのです。

人に対して自分から積極的に働きかけない、又はかけられない事が、余計に人とのコミュニケーション不足を引き起こしてしまい、彼は自分でなんとかしたいと思いながら、うまく一歩を踏み出せずにいるんです。



トラウマは目に見えるものじゃないので、本人以外とても分かり難いものですが、自分自身の大きな枷になっている事は確実です。しかも、分かっていながら自分がされてきた事を相手、もしくは子供に知らず知らずの内にしてしまい、悪循環が発生してしまうのです。良く、幼い頃虐待を受けた子供は自分の子供にも虐待してしまうという話がありますが、そういう事だと思います。一概に責めるのはどうかと。。周りの暖かいフォローがとても大切なんではないでしょうか?






殆どの事は、親はもちろんよかれと思ってした結果だと思うのですが、子供でも一人の人格です。大雑把に言えば、しかって伸びる子、誉めて伸びる子、と十人十色です。子供は大体、中学生くらいになるまで親に対して自分の気持ちをあまりいいません、ただ親の言った事を心の中で繰り返すんです。100%正しい子育てなんて物は無いと思いますが、私は出来たら子供を一人の人間として問いかけながら、そして愛しているという事を精一杯伝えながら、自分なりに子供が伸び伸びと育てられる環境を作って行きたいと思っています。トラウマだけは作りたくない、根深いトラウマは人生の中で不必要な重い荷物なのです。
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# by NICONF90 | 2004-07-28 12:30 | 雑記帳-ヒトリゴト-
ヒロリン笑いを提供中
風呂上り、「あーーーーーーーーー!」と絶叫するヒロリン、何かとおもえばパンツが豪快に破けたらしぃ。

(写真を取らせてもらいました)
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# by NICONF90 | 2004-07-28 11:28 | 愛するヒロリン人物像
とある千葉のモールでの話
その日はベルサイユのバラのテーマ曲が「草むら~に~ 名も知れず~」とクルクル回っていた。ヒロリンに「あ~!頭でベルサイユのバラがリピートしてる~」と訴えると、「あぁーー、それは消えないなぁ、アレは有名だしな、ほらアレだろアレ、
ラスカル~!!!!


「・・・・・・・・・・」



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# by NICONF90 | 2004-07-28 03:06 | 愛するヒロリン人物像
プロフィール
我が家は4人家族です。(2004.11現在)

私  :ニコ
旦那:ヒロリン
    年下で仕事はプログラマー、名古屋育ちです。
息子:ユーキ
    幼稚園の年少で12月で4歳
娘  :ヒナ
    1歳8ヶ月

2000年に結婚して結婚5年目を謳歌しています(*´∇`*)ノ
新婚気分ですが、はたして新婚って何年目までの事を言うんですかね?
不思議~ ( ̄。 ̄*)

追記:心ないコメントやトラックバックはサクサク削除するんでゴメンね(゚∀゚)イヒッ
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# by niconf90 | 2004-07-27 00:00